誕生日にお祝いメッセージを送ること

🗓 July 15, 2020
🗂 Thought
🏷 Trivia

※先にいっておくとこれはほとんど不毛な議論です。

この前、友達の早川くんとラーメンを食べていたときに、「明日、鈴木くんの誕生日だよ」と言われました。

そして、次の日LINEを開いたとき、急に「そういえば、誕生日っていってたな」と思い出して鈴木くんに「おめでとうございました。」とメッセージを送りました。

この時(メッセージを送る前)の僕の心理としては以下の二つが挙げられます。

  • 久しぶりにメッセージを送りたいと思った
  • 喜んでもらえると思った

この「喜んでもらえると思った」という感情に我ながら、次の日の朝、疑問に思ったのです。

何の話をしたいかというと、SNSなどに誕生日を記載するのはどうかとおもうということです。これはプライバシーのために公開設定によって知っている人だけにするとかそういう話じゃないです。

SNSなどに記載すること、貰った側としては多くのメッセージをもらえるかも知れませんが、その人たちが自分の誕生日を覚えていてくれたのかどうかは知るよしもありません。

例えば、今回の僕の場合が次の通りかはさておき、早川くんが鈴木くんに誕生日をいつの日か直接聞いてそれを覚えていてそれを僕に伝えたとしましょう。そして、鈴木くんはいつでも、どこでも、誰でも参照できる場所に誕生日を公開していないとします。

すると、僕が鈴木くんにお祝いのメッセージを送るということは、鈴木くんからすると

  • 僕が鈴木くんの誕生日を覚えていた。
  • 覚えていた誰かが、一緒に祝いたいという思いの元、僕に教えた

となって、覚えていた人が必ずしも1人以上いて、そしてその他の人と覚えていた人の間で自分という話題が上がったと推測できるわけなのです。

それでは、戻ってSNSなどの場に掲載していた場合はどうでしょう?

送ってきた人が自分の誕生日を覚えていてくれたか、またはその人を中心として自分が話題にのぼったなんて知る術がないどころか、自分とかなり親しい人でさえ、その域に入ってしまう可能性があるのです。

これは人間関係の希薄化に繋がると思いますけどね。私は。

そういう公開をしていない私には、毎年誰からも来ないんですけどもね。まぁそれは信頼関係のうちという認識なんですけれどもね。hahah

そもそも、誕生日って祝うものなのって議論に陥るわけなんですけれどもね。。そんなん考え始めたらキリがないんですけれでもね。hahah

別にこう見えて、精神に異常をきたしているわけでもないと思んですけれどモネ。

これが、変に捉えられて、SOS信号だと受け取られてしまうと困るんですけどもね。

そこまで言ってしまうと、面白さがなくなるわけなんですけれどもね。

まぁ最初に不毛な議論と前提を述べていたので、変に捉えられる可能性を考えなくても良かったわけなんですけれどもね。

話が変わりますけれども、最近鉄分がたりてないのか、良い睡眠が取れていないのか、立ちくらみがするわけなんですけれどもね。

まぁ、どちらの要素も原因だと思うのですけれどもね。

人間が、二極化してしまいがちですよね。そっちの方が、簡素化できて理解しやすいわけですよね。

まぁ当然そんな世の中甘くないわけですよね。

無知につける薬はないと、吉本隆明が言っていたわけなんですけれどもね。

まぁ、全くそう思うわけなんですよね。

一回ここらで、踏みとどまって、休みましょ。

よっとこさ。

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