欅坂にバラエティ性を求めることについて. あとCreepy Nuts.

🗂 Thought

日向坂の台頭により、欅坂の冠番組「欅ってかけない?」が面白くないなどの批判を浴びることがある。秋元康が欅坂に持たせた社会的意味性を考えたら、そもそも、しきたりが決まってるバラエティ番組を欅坂にバラエティっぽくやらせるのはおかしくないか。逆に、バラエティ番組でバラエティをしないという方が意味がある思う。そして、The バラエティのさわべゆうとの融合もそれを狙っているような気がしてきた。

欅坂がバラエティ番組をやって、それがどうなっていくのかが見所であると思う。それが、バラエティ一色に染まったら敗北であると思う。面白いのは、ほとんどの欅坂のメンバーは番組を盛り上げなきゃ、発言しなきゃと思っているところだ。実際、社会的意味性を体現していたのは平手友梨奈だったと思う。つまり、秋元康が書いた詩に含有されていたメッセージを真正面から向き合い、汲み取ったということだ。鈴本もそれでいうと、含まれるかもしれない。後半は、冷たい言葉をいうのが逆に笑いになっていたりした。

追記 8/28

私はどうしたら欅坂(平手)を救えたのかみたいな議論を嫌いである。なぜならば、彼女は進んで彼女の信じる道を突き進んでいるだけだと思う。救う以前に、なぜ闇に落ちたみたいになっているのだろう。逆に、多くの人が彼女がパフォーマンス中に俯いていたりするのをみて、闇に落ちただったり、心配になったりしていたことは、自分が欅坂が否定している近代教育だったりするものから抜け出せてないことを意味するのではないだろうか?初期の頃は、可愛かった。あんな風じゃなかった。キャロかった。という風に言う人がいるが、普通の女子高生だったからこそ、センターを任せられアイドル活動をしていくうちに周囲の期待に答えるといったものへの違和感を感じたのではないか。そして、それを僕らに伝えようとしていたのではないか?僕らにとっては経験しうることのできないであろう大勢の観客が彼女に注目している環境の中で他人からの目線、同調圧力を一切振り切ってやりたくないことにはNOを示し、自分の意思を貫くという姿勢から学ぶものはないだろうか?メディアはもちろんのこと、それを汲み取れなったファンと呼ばれる存在、または一部のメンバー。しかしながら、このようなことはどうでもいいのかもしれない。誰も本当のことは知らないし、本当のことすらないかもしれない。ただ、欅坂の楽曲、パフォーマンスが多くの人に言葉通り勇気を与えたと思う。勇気は行使されなければ、いつのまにかなくなってしまう。

 

そう考えると、欅坂が終焉を迎えるのは当然だと言える。キャプテンである菅井友香が真っ先にバラエティに染まったのは明白だろう。また、渡邉理佐はこの前読んだ雑誌の中で、自分は歳をとり、欅坂の曲が自分の感情と合わなくってきた, 新しい方向を模索していくというようなことを語っていた。僕はそのとき欅坂は終わったと確信した。そもそも、伝えたいメッセージなんて限られている。大衆が何を求めていて、そこに訴求していくことほどアートや音楽にとって面白くないものはないし, 本質ではない。その時代の文脈に対し, 俺はこう考えていると, 他者を気にせず提示してもらえなくては困る。そう提示して, 死んでいくのがいいかもしれない. だが欅坂のようにグループ全体がもつ意味とメンバーの心情に乖離が生まれ, 終わるのは悲しいことだ.

これは, ほとんどあり得ないことだと思っているが, あったら面白いなと思うことある. 先ほど菅井様はバラエティに染まったと書いたが,それは違うかもしれないということだ.ここ1~2年, バラエティに多く進出してるが,(私はけやかけしか見てないが.あとたまにレコメンとか)バラエティを頑張ろうとしている, それが不自然に誇張されているのが, 笑いを生んでいたり, 天然で可愛いと思われていたりする.これは逆説的に誇張することでバラエティ(そういった全体協調性)を批判していることを表しているかもしれない.

しかし, 本当に終わり, 改名し, 新たなグループに生まれ変わることには大いに期待している。あと, 最後のシングルもまだ聞いてない。というか覚悟ができていない。できれば, 最後のライブで初めてきければ良いと思っている。

話は脱線するが, 私はcreepy nutsの最近の曲に少し落胆している。かといって, 聞かないのは食わず嫌いなので聞くが。かなり直接的な応援歌になってきているような気がする。

教祖誕生, 合法的トビ方のススメ, かいこ, 刹那, 未来予想図, みんなちがってみんないい, 犬も食わない,板の上の魔物など枚挙にいとまがないが, これまでは R指定の緻密で巧妙なライミングを, 時にキャッチーであったり哀愁が漂っていたり,遊び心がある松永の唯一無二なサウンドに社会的批評性と共に乗せながら, 自分たちのスタンスを確立してきた.

とはいっても, 私はこれは一時的なものではないかと思っていたりもする。つまり, 幅広い層を取り込むために意識的に戦略としてやっているかもしれない. 答えは次に発売されるアルバムで決まると思う. 期待している.

ちなみに板の上の魔物の歌詞の一部にこういう節がある.

🤔
あ から ん から AからZまで巧みに使いこなし ほらヤワなメッキじゃ剥がれ落ち真っ逆さま アイツの胃の中に収まる 井の中の蛙じゃ意のままに操られて終わる いつか手なずける 悪いが俺ら手段は選ばねぇ

手段は選ばないということなのかな?

さいごに, 私は人を下げたりすることはしたくない.これは批評である.批評の意味がわからない人はちゃんとぐぐれ.自分と相容れないと思ったら, そっと退く.欅坂とCreepyNuts両者にいえるのは, 今大きな過渡期を迎えているということだ. これからの動向に着目していきたい.

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